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アンジェラアキさんの子供について、「何人いるの?」「今どこで何してるの?」と気になっている方、多いですよね。
2005年のメジャーデビューから「手紙〜拝啓 十五の君へ〜」「This Love」などの大ヒット曲を生み出し、2014年に日本での音楽活動を無期限休止してアメリカへ渡ったアンジェラアキさんですが、じつは子供や家族にまつわるエピソードがとても心温まるものばかりなんです。
この記事では、アンジェラアキさんの子供が何人いるのか、息子さんの現在の様子や夫との家族構成、2025年のコンサートツアーで明かした親子の感動エピソードまで、じっくりお届けします。
子供についての情報が気になっていた方は、ぜひ最後まで読んでみてください。
◆記事のポイント
- アンジェラアキの子供は何人か、性別・年齢・出産経緯がわかる
- 夫・濱野太陽の職業と2人の出会い・家族構成がわかる
- 息子がお母さんの正体を知った衝撃エピソードの詳細がわかる
- コンサートで明かされた息子との感動的な親子エピソードがわかる
目次
アンジェラアキの子供は何人?家族構成を解説
- アンジェラアキの子供は何人?息子誕生の経緯
- 息子の現在の年齢とアメリカでの生活
- 夫・濱野太陽の職業と2人の出会い
- 子供のために音楽活動を無期限休止した決断
- 子供が初めてお母さんの正体を知った驚きの瞬間
アンジェラアキの子供は何人?息子誕生の経緯
「アンジェラアキさんの子供は何人いるの?」という疑問への答えは、息子さん1人です。
2012年2月、アンジェラアキさんは第1子となる長男を出産しました。当時34歳。「息子と共に健康」というコメントとともに自身のFacebookで喜びを報告し、ファンの間で大きな話題となりました。
アンジェラアキさんは1977年9月15日生まれ。父親が日本人(英語スクールの創業者)、母親がイタリア系アメリカ人というハーフで、徳島県板野郡松茂町の出身です。高校時代に岡山へ転居し、その後はアメリカのジョージ・ワシントン大学で政治経済学を専攻していました。卒業後に就職しましたが、音楽家への夢を諦めきれずに退社して帰国。2005年のシングル「HOME」でメジャーデビューを果たした経歴の持ち主です。
そんなアンジェラアキさんが母親になったのは、ちょうどキャリアの脂が乗り切っていた時期のこと。2008年にはNHK全国学校音楽コンクールの課題曲として「手紙〜拝啓 十五の君へ〜」が大ヒットし、翌年には武道館ライブを開催、そして2011年に「LIFE」「ANSWER」をリリースするなど精力的に活動していた最中での出産でした。
出産後もしばらくは音楽活動を継続。2012年にはアルバムを相次いでリリースし、2013年には「夢の終わり 空の始まり(TAPESTRY OF SONGS -THE BEST OF ANGELA AKI-)」のベストアルバムを制作。2014年春には過去最大規模の全国ツアーをやり遂げました。
ここで気になるのは「なぜ子供は1人なのか?」という点ですよね。これについて公式に語られたことはありませんが、2014年秋に日本での活動を休止してアメリカへ移住したこと、その後の音楽大学での勉強や新たなプロジェクトへの挑戦など、精力的に活動を続けてきた経緯を考えると、1人の息子さんと向き合いながら自身の夢を追い続けてきた姿が浮かびます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 子供の人数 | 息子1人(長男) |
| 出産時期 | 2012年2月 |
| アンジェラアキさんの年齢(出産時) | 34歳 |
| 発表方法 | 自身のFacebookで発表 |
| 発表コメント | 「息子と共に健康」 |
「新しい人生の幕開けに踏み出せています」とも語っていたアンジェラアキさん。シンガー・ソングライターとして積み上げてきた経験も幸せも、全部ひっくるめて「新しい人生の章が始まった」という清々しい気持ちが伝わってくるコメントでしたよね〜〜!!
2026年現在、子供は息子さん1人のみとなっています。今後さらに家族が増える可能性もゼロではありませんが、現時点では息子さんとの2人親子の絆を大切に育んでいるようです。
息子の現在の年齢とアメリカでの生活
結論から言うと、アンジェラアキさんの息子さんは2026年3月時点で約14歳、中学2年生にあたります。
2012年2月生まれの息子さんは、現在アメリカで生活しています。アンジェラアキさん一家が拠点としているのは、音楽の都として知られるナッシュビル(テネシー州)。カントリー音楽をはじめ、ロック、ポップス、ブルーグラスなど多様な音楽が息づく街として世界的に有名な場所です。
ここ、音楽好きには最高の環境ですよね。息子さんは毎日そういった音楽的に豊かな空気の中で育っているわけで、アンジェラアキさんがこの地を選んだ理由も納得できます。
Rolling Stone Japanのインタビューでは、アンジェラアキさんが息子さんの学校環境についてこんなことを語っています。「息子が通う学校のそばでは、様々なミュージシャンやプロデューサーと触れ合える機会がある」と。ナッシュビルという街全体が音楽家にとっての聖地であり、息子さんもその恩恵を受けながら育っているんですね。
一方で、息子さんは毎年夏休み中には日本に帰国する生活を送っています。日本とアメリカを行き来しながら、両方の文化や言語に親しんでいる様子。アンジェラアキさんが父親(日本人)と母親(イタリア系アメリカ人)のもとで日本とアメリカのふたつの文化のはざまで育ったように、息子さんもまたバイカルチャーな環境の中で自分らしさを模索しながら成長しているのかもしれませんね。
また、2025年のツアーMCでアンジェラアキさんが語ったところによると、息子さんは现在中学2年生。ちょうど思春期を迎えている年齢で、2025年8月に東京国際フォーラムでのファイナル公演が行われた段階で「現在中学2年生の息子が」という形で言及されていました。
普段はアメリカで生活し、夏に日本に来るという生活スタイルの中で、息子さんが2025年の夏に初めてアンジェラアキさんのコンサートを目撃することになります。その感動エピソードは後の章で詳しくご紹介しますね!
夫・濱野太陽の職業と2人の出会い
アンジェラアキさんの夫は、濱野太陽(はまの たいよう)さんという方です。結論から言うと、濱野さんはアンジェラアキさんのデビュー前から才能を見出してきた、音楽業界のキーパーソンなんです。
濱野さんの職業は音楽ディレクター。元ソニーレコードに在籍していたプロフェッショナルで、アンジェラアキさんのデビュー前から彼女のポテンシャルを高く評価し、全作品の制作に深く携わってきた人物です。「HOME」から「手紙」「This Love」「サクラ色」に至るまで、アンジェラアキさんのキャリアを音楽的な側面から支えてきた、まさに”伴走者”のような存在と言えるでしょう。
2人の出会いは、まさにそのような音楽の仕事を通じてのこと。アンジェラアキさんはかつて自身のブログで「世界中の誰よりも、私の音楽を理解してサポートしてくれる人」「私がこれまで経験してきた事も、生まれてきた音楽を誰よりも理解して、サポートしてくれる人です」と語っており、仕事とプライベートが重なる特別な関係性を築いてきたことがわかります。
結婚に至ったのは2007年3月9日。アンジェラアキさんにとってこれは再婚でした(前の結婚歴があることをBARKSなどのメディアが報じています)。濱野さんは当時41歳で、アンジェラアキさんより12歳年上。BARKS等のインタビューでもこの年齢差について触れられており、経験豊富な音楽ディレクターと才能あふれるシンガーソングライターが、仕事を通じて信頼関係を積み重ねた末に結ばれたというロマンチックな背景があります。
アンジェラアキさんはブログの結婚報告で「不安な気持ちがない訳ではありません。結婚を成功させる自信が100パーセントあると言い切れません」と素直な気持ちも綴りながら、「今の私はとても幸せです。この気持ちをみんなに伝えたいと思います」と喜びをファンに報告していました。とても正直で、飾らない言葉が印象的でしたよね〜〜。
ちなみに、その後の2人の関係について、2025〜2026年のインタビューではやや異なるニュアンスが感じられるコメントも出ています。Rolling Stone Japanの取材ではアルバム「Shadow Work」への思いを語る文脈で「40代で一人になった体験」に触れているとの情報もありますが、離婚についての公式発表は現時点ではなく(2026年3月時点)、プライベートについては慎重なスタンスを維持しています。家族のことについてはSNSでも詳細を明かさないアンジェラアキさんのポリシーもあり、現在の家族状況については公式情報を確認することをおすすめします。
子供のために音楽活動を無期限休止した決断
アンジェラアキさんが2014年秋に日本での音楽活動を無期限休止し、家族でアメリカへ移住した決断は、当時のファンにとって大きなショックだったはずです。でも、その背景を知ると「それはそうだよな」と納得できる部分がたくさんあります。
アンジェラアキさん自身がコメントした理由は大きく2つ。①ブロードウェイ・ミュージカルプロジェクトへの専念、そして②アメリカの音楽大学での本格的な勉強です。
音楽大学での勉強については、南カリフォルニア大学の作曲科をはじめ、バークリー音楽大学、ニューヨーク大学、コロンビア大学などのオンライン講座を受講し、約3年かけてオーケストレーションのアレンジ、クラシック和声学、ピアノのテクニックなど幅広いカテゴリーを学んだとRolling Stone Japanとのインタビューで語っています。
「自分のことを誰も知らない場所に身を置いて、作曲の勉強も音楽の理論も、ゼロから学びたかった」というアンジェラアキさんの言葉が印象的です。今まで直感で音楽を作ってきたからこそ、理論的な”絵の具の色”を増やさなければならないという危機感があったのでしょう。
そしてもうひとつ、見逃せないのが子供と家族のことです。2012年に長男を出産し、2014年時点で息子さんはまだ2〜3歳。幼い息子さんを連れて家族3人でアメリカへ渡るのは大きな決断でしたが、それと同時に息子さんの環境を考えた上での選択でもあったと考えられます。
ナッシュビルという音楽の街で育つことは、息子さんにとっても豊かな環境を与えることになりました。アンジェラアキさんはRolling Stone Japanのインタビューで「息子が通う学校のそばでは、様々なミュージシャンやプロデューサーと触れ合える環境がある」と語っており、音楽の刺激が日常に溢れている場所での子育てを選んだことがわかります。
「活動休止」と聞くと一見ネガティブな印象を受けますが、アンジェラアキさんにとっては新たなインプットの期間であり、家族と向き合う時間でもあった。2023年に日本での活動を再開し、2025年に11年ぶりの全国ツアーを実現させたことを見ると、この「充電期間」がいかに重要だったかがよくわかりますよね。
活動休止の際のコメントには「いつかパワーアップして、また心を帰って来たいと思っています」という言葉もあり、お別れではなく「また戻ってくる」という意思を明確に示していました。ファンへの約束を守り、11年後にしっかり帰ってきたアンジェラアキさん〜〜!本当にかっこいいですよね。
子供が初めてお母さんの正体を知った驚きの瞬間
ここからがもう本当に最高のエピソードなんですが、アンジェラアキさんの息子さんはなんと小学5年生になるまで、お母さんがシンガーソングライターであることを知らなかったのです!!
これは2025年8月10日、東京国際フォーラム ホールAで行われた全国ツアーのファイナル公演のMCでアンジェラアキさん自身が語ったエピソードです。5000人のファンが固唾を飲んで聞き入る中、アンジェラアキさんはこう話し始めました。
息子さんが小学5年生だったある日(おそらく2022年頃)、学童保育に預けられていた息子さんは、そこでかかっていた映像を見ていました。流れていたのは、NHK全国学校音楽コンクールの課題曲「手紙〜拝啓 十五の君へ〜」の歌唱映像。この曲が2008年に日本中の中学生に歌われた名曲であることはいわずもがなですが、息子さんにとってはまったく馴染みのない曲だったはず。
ところがその映像を見ながら、息子さんは「この人、なんか知ってる顔だな…」と気になり始めたのでしょう。帰宅後、息子さんはお母さんのところへやってきて、こう問い詰めました。
「アンジェラアキって何?ちゃんとしてたの?」(笑)
この言い回しが最高すぎますよね〜〜!!「ちゃんとしてたの?」って(笑)。
アンジェラアキさんはその場でどう説明すべきか悩みながら、「人前で歌う仕事をしていて、今はお休みをしてもらっている」と答えたそうです。すると息子さんの反応は…「ちゃんとしてたんだ。してたんだ、ちゃんと」という冷静なひと言(笑)。
この反応に会場はどっと笑いに包まれました。もちろん息子さんに悪意はなく、純粋に事実確認していただけなんですが、何年もの間「普通のお母さん」として接してきたお母さんが実はプロのミュージシャンだったと知ったときの子供のリアクションとして、これほどリアルな言葉はないですよね!
アンジェラアキさんが意図的に息子さんに自身の音楽活動のことを教えなかったのには、「子供には普通のお母さんとして見てほしかった」という思いがあったと考えられます。家の中にはCDもほとんど置かれておらず、音楽活動の痕跡が目に入らない環境で育てていたとのこと。「お母さんはいつも歌手だ、有名人だ」という目で見られるのではなく、ただのお母さんとして接してほしかった。その思いが伝わってくる、温かいエピソードでした。
アンジェラアキの子供との感動的な親子エピソード
- 息子を初めてコンサートに連れて行った日
- 「めっちゃかっこよかった!」息子が絶賛した理由
- 手紙に込められた子供たちへの思い
- 幼少期の写真と過去の自分への思い
- 音楽活動再開後の家族との新しい時間
息子を初めてコンサートに連れて行った日
お母さんがシンガーソングライターだと知ってから、息子さんはどんな反応を見せたのか。正体を告げられてから数年後、ついにアンジェラアキさんは息子さんをコンサートに連れて行くことを決めます。
それは2025年7月のこと。アンジェラアキさんの全国ツアー「Angela Aki Tour 2025 -Eleven-」は7月の徳島公演からスタートします。この徳島はまさにアンジェラアキさんの出身地。子供のころから育った地元の舞台に立つということで、アンジェラアキさん自身も特別な思いで臨んだ公演でしょう。
そしてこのツアー初日・徳島公演に、息子さんを連れて行ったのです!!これが息子さんにとって生まれて初めて見るお母さんのライブ。どれほど緊張したか、どれほどドキドキしたか、想像するだけで胸が熱くなりますよね〜〜!!
今回のツアーは全10公演のうち7公演がバンド編成、3公演がソロでの弾き語りというスタイル。セットリストには「This Love」「サクラ色」「手紙〜拝啓 十五の君へ〜」といった誰もが知るヒット曲から、ミュージカル音楽家として書き下ろした楽曲、大竹まりこさんに提供された楽曲のセルフカバー、大塚愛さん風のカバーなど全18曲が並びました。また、本編後には5分間映像リリースの未発表曲「Forgiveness」も披露されるなど、非常に充実した内容でした。
息子さんはMCで「お母さん、めっちゃ有名じゃん」と思ったかどうかはわかりませんが、コンサート会場で5000人(東京公演の場合)のファンが「Waiting here for you〜!」と合唱する姿を目の当たりにしたとき、きっと違う目でアンジェラアキさんを見たはずです。
「やっぱり有名だったんだね!」という言葉が全てを表しています(笑)。お母さんが日本中に愛されているということを、自分の目で、耳で、全身で体感した瞬間でした。
「めっちゃかっこよかった!」息子が絶賛した理由
2025年の徳島公演を初めて見た息子さんの反応が、もう最高すぎてここでご紹介せずにはいられません。
コンサート終演後、息子さんの第一声は「言葉に表せないくらいめっちゃ良かった!」「めっちゃかっこよかった!」だったといいます!!!
……ですよね〜〜!!!当たり前ですよね。アンジェラアキさんのライブを見て「めっちゃかっこよかった!」以外の言葉が出てくるわけがないんですよ(笑)。
さらに注目すべきは、その後の息子さんの行動です。徳島公演の感動が冷めないうちに、息子さんはこんなことを言い出したのだとか。
「東京公演に向けて、もっとみんなが楽しんでほしい!もっと広めていこうよ!」
これです!!この積極性が最高すぎます〜〜!!!コンサートを見て感動して、そのまま「宣伝しよう!」となるお子さんのエネルギー。しかも息子さんは、まるでプロモーターかのようにアンジェラアキさんに提言してくるのが面白いですよね(笑)。
アンジェラアキさんは2025年8月10日の東京国際フォーラム ホールAでのファイナル公演のMCで、このエピソードを笑いを交えながら披露。5000人の観客が温かい笑いと拍手で反応し、会場がひとつになった瞬間でした。
「私たち親子にとって、特別なツアーになりました」とアンジェラアキさんは語っていました。11年間の充電期間を経て日本に戻り、ようやく届けられた音楽。それを息子さんが初めて生で聴いて、「かっこよかった!」と言ってくれた。お母さんにとってこれほど嬉しいことはないですよね。
「やっぱり有名だったんだね!」という言葉と、「もっとみんなに来てほしい!」という言葉。小学5年生の頃に「ちゃんとしてたの?」と冷静に問い詰めた同じ息子さんが、2年後にはお母さんの熱烈なサポーターになっていた。この成長と変化が、本当に愛おしいですよね〜〜!!
手紙に込められた子供たちへの思い
アンジェラアキさんの代名詞とも言える「手紙〜拝啓 十五の君へ〜」。この曲には、子供たちへの深い愛情と、自分自身の少女時代の体験が凝縮されています。
そもそもこの楽曲が生まれたきっかけは、2008年のNHK全国学校音楽コンクール中学生の部の課題曲依頼でした。アンジェラアキさんが当時30歳になったばかりの頃、NHKから「中学生のための曲を作ってほしい」という依頼を受けます。最初は戸惑ったそうですが、思考していく中で「17歳のときにアメリカで書いた手紙の存在」を思い出したのだといいます。
17歳のアメリカの高校生だったころ、アンジェラアキさんは自分の気持ちを誰にも話せずにいました。日本人の父とイタリア系アメリカ人の母のもとに生まれたハーフとして徳島の田舎町で育ち、周囲とは違う存在として孤独を感じていたアンジェラアキさん。岡山へ転居後、15歳のときに「自分の居場所はどこにも見つからない」という感覚のピークを迎えます。
そのころに親友になった男の子の友達に、アンジェラさんを「アキちゃん」ではなく「アキメリカ」と呼ばれたことで「ここが私の居場所」と感じたエピソードも子供支援便りのインタビューで語っています。「誰かに理解されていた記憶が、強く私の心に残っています」と。
17歳でアメリカの高校生になってからも孤独感は続きます。英語とも日本語ともつかぬ文章で、「クラスメイトに言えない、友達に話せない」という悩みを将来の自分に宛てた手紙として書き留めていたアンジェラアキさん。それが30歳の誕生日に母から届き、「あの手紙が今も手元にあったのか」と驚きながら読み返した体験が、「手紙〜拝啓 十五の君へ〜」誕生の決定的な瞬間となりました。
「10代の子に目線を合わせたつもりが、同じ目線に立てているとわかった」というアンジェラアキさんの言葉が印象的です。中学生が「15の自分が主人公」と思える歌詞を書いたことで、全国の中高生が自分自身を投影しながら歌える普遍的な曲になりました。
そしてこの曲が、息子さんとアンジェラアキさんの「お母さんの正体を知る」きっかけになったのです。なんとも不思議な縁ですよね〜〜!自分が過去の自分に宛てて書いた手紙から生まれた曲が、何十年も経ってから自分の息子に母の存在を伝える橋渡しになるなんて、まるで映画のワンシーンみたいです。
幼少期の写真と過去の自分への思い
2026年3月20日、アンジェラアキさんは自身のInstagramを更新し、幼少期の写真を公開しました。デビュー前の自分への思いを綴ったこの投稿は、多くのファンの心に響きました。
アンジェラアキさんが綴った言葉はこんな内容でした。「デビュー前の私は、成功するために、認められるために、自分を粉砕にして目標に向かって走り続けていました。まわりの大人から『お前には無理だ』と言われるたびに、もっと強くなろうとしていた。そんな生き方しか、当時の私は知りませんでした」。
この言葉、刺さりますよね。夢を追う人なら誰しも感じたことのある感覚だと思います。
でも今の自分は違う、と続けます。「今は、他からの評価が自分の価値そのものだと信じていた30歳の自分に、そのままの自分でいいんだよ、と伝えてあげたいです。ひとつも壊れていないんだから、そのままのあなたは何ひとつ壊れていないんだからと求めてあげたい」。
そしてInstagramの投稿にはこんな言葉も続きます。「音楽を通じて、時を越えて自分と繋がることができる喜びと、深い赦しの気持ちを、新曲『Forgiveness』のMVに込めました」と。
この投稿が2026年3月20日だったということも象徴的です。ちょうど「アンジェラアキ 子供」「アンジェラアキ 幼少期」といった検索が増えていた時期で、ファンの関心にしっかり応えるタイミングでの発信でした。
デビュー前の幼い頃の自分の写真を公開し、過去の自分と対話するような投稿は、2026年2月11日にリリースされたニューアルバム「Shadow Work(シャドウ・ワーク)」のプロモーションも兼ねたものでしたが、それ以上に「自分と向き合う旅をシェアしたい」という真摯な思いが伝わってくるものでした。
Shadow Workとはユング心理学の概念で、自分の無意識に押し込んできた部分(シャドウ)と向き合い、統合していく心理的な作業のこと。アンジェラアキさんが5年前から取り組んできたシャドウワークとインテンシブなカウンセリングの過程で生まれたアルバムだといいます。「VRを被って見る世界がリアルだと思っていた感覚。VRを外すとまったく違う世界が見えてくる」とアルバムへの思いを語っていました。
子供の頃の自分、デビューを目指してがむしゃらだった自分、そして母親になった今の自分。すべての自分を抱きしめるような、アンジェラアキさんの等身大の言葉がじんと沁みます。
音楽活動再開後の家族との新しい時間
2023年より日本での音楽活動を再開したアンジェラアキさん。2023年のデビューシングル「Pledge(プレッジ)」のリリースからスタートし、2024年11月には「Floating Planets(フローティング・プラネッツ)」をリリース。そして2025年7月から11年ぶりとなる全国ツアー「Angela Aki Tour 2025 -Eleven-」を敢行しました。
「Eleven(イレブン)」というタイトルは、11年ぶりのツアー再開への思いを込めてつけられたもの。7月の徳島公演を皮切りに全国10都市を回り、東京国際フォーラム ホールAでの公演では5000人のファンを集めました。アンコールの「サクラ色」で紫色に染まった「HOME」から始まる約2時間のステージが絶賛を受けています。
この期間、アンジェラアキさんの家族はどのように過ごしていたのでしょうか。息子さんは普段はアメリカ・ナッシュビルで学校に通っていますが、夏休みには日本に帰国しています。2025年のツアーが7月から8月にかけて行われたのも、息子さんが夏休みで日本に来られるタイミングと重なっていたと考えると、意図的なスケジュール調整があったのかもしれません。
また、2026年2月11日にはニューアルバム「Shadow Work」をリリース。アメリカ・ナッシュビルを拠点に活動するプロデューサーのアリソン・ラドルフさんと共同制作した作品で、全13曲を収録。既出のシングル「Pledge」「Floating Planets」も含まれています。
Rolling Stone Japanのインタビューでアンジェラアキさんは「音楽を作れていると感謝と喜びが溢れています」と語っており、現在の創作活動への充実感が伝わってきます。また「日本とアメリカの両国を行き来するライフスタイル」を続けながら、家族との時間も大切にしているとのこと。
息子さんはナッシュビルの音楽的な環境で育ち、ミュージシャンやプロデューサーと日常的に触れ合いながら成長しています。アンジェラアキさん自身も「息子が通う学校の周囲の環境が刺激的」と語っており、ケンブリッジ・レーブのコンサートに行ったり、グラミー賞を受賞したアーティストが子供の学校の近くにいたりする環境に恵まれているようです。
音楽家の母と、音楽に囲まれた環境で育つ息子。将来、息子さんも音楽の道を歩むかどうかはわかりませんが、アンジェラアキさんの「手紙」に込められた「Keep on believing(信じ続けること)」という言葉が、いつかきっと息子さんの心にも響く日が来るのかもしれませんね。
2026年現在も精力的に活動中のアンジェラアキさんのこれからの活動と、息子さんとの親子関係の変化がどのように音楽に反映されていくのか、引き続き注目していきたいですね〜〜!!
アンジェラアキの子供との絆と家族愛まとめ
- アンジェラアキの子供は息子1人で、2012年2月に誕生した
- 息子は2026年3月時点で約14歳(中学2年生)にあたる
- 夫・濱野太陽は元ソニーレコードの音楽ディレクターで、アンジェラアキのデビュー前から才能を見出してきた
- 2007年3月9日にアンジェラアキにとっての再婚という形で結婚。結婚時の夫はアンジェラアキより12歳年上の41歳だった
- 2012年の出産後も音楽活動を継続し、2014年秋に日本での音楽活動を無期限休止してアメリカへ移住した
- 家族でアメリカ・ナッシュビルに拠点を置き、音楽大学での本格的な勉強やブロードウェイ・ミュージカルプロジェクトに専念した
- 息子は普段アメリカで生活し、夏休み中は毎年日本に帰国している
- 息子は小学5年生まで、お母さんがシンガーソングライターであることを知らなかった
- 学童保育で「手紙〜拝啓 十五の君へ〜」の映像を見たことで初めてお母さんの正体を知った
- 「アンジェラアキって何?ちゃんとしてたの?」と息子に問い詰められたエピソードが2025年のコンサートMCで明かされた
- 2025年7月の徳島公演に初めて連れて行くと、息子は「やっぱり有名だったんだね!」と目を輝かせた
- コンサートを見た後の息子の感想は「めっちゃかっこよかった!言葉に表せないくらいめっちゃ良かった!」だった
- 「東京公演にもっとみんなに来てほしい!」と息子が積極的に宣伝提案した
- 「手紙〜拝啓 十五の君へ〜」はアンジェラアキが17歳のときに書いた手紙が原点で、30歳のときに制作された
- 2026年2月にニューアルバム「Shadow Work」をリリースし、さらに精力的な活動を続けている

