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高樹沙耶さんの子供について気になっている方は多いのではないでしょうか。
元トレンディードラマの人気女優として一世を風靡し、その後は石垣島への移住や大〇所持による逮捕でたびたび話題となってきた高樹沙耶さん。
シンガーソングライターの中西圭三さんとの結婚・離婚を経て、複数のパートナーと歩んできた彼女ですが、子供についての情報はほとんど公になっていません。
小さいころから温かい家庭に憧れを抱いていたと語っていた高樹沙耶さんが、子供について実際にどのような思いを持っているのか、また現在の生活はどうなっているのかを、この記事では徹底的に掘り下げていきます。
結婚歴や再婚相手、石垣島での民宿経営、ラッパーデビューまで、波乱万丈な人生のすべてをまとめました。
◆記事のポイント
- 高樹沙耶さんに子供はいるのかどうかの真相
- 中西圭三との結婚・離婚の経緯と、子供をもうけなかった理由
- 石垣島での民宿経営と再婚相手について
- 大〇逮捕後の苦難を乗り越えた現在の生活とラッパーデビューの話題
高樹沙耶に子供はいる?気になる結婚歴と家族の真相
- プロフィールと芸能界デビュー
- 中西圭三との結婚と離婚、子供はいなかったのか
- ハワイ移住とダイビング日本記録、次のパートナーとの生活
- 千葉・南房総への移住とエコ生活、自然農法家との同棲
- 石垣島移住と民宿「虹の豆」オープン、大〇活動へ
- 2016年の大〇所持逮捕と裁判の顛末
プロフィールと芸能界デビュー
まず高樹沙耶さんのプロフィールをおさらいしておきましょう。高樹沙耶さん、ご存じの方も多いと思いますが、実は本名は「益戸育江(ますとそだえ)」という名前で、現在は芸名の高樹沙耶を返上して本名での活動を続けています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 芸名 | 高樹沙耶 |
| 本名 | 益戸育江(ますとそだえ) |
| 生年月日 | 1963年8月21日 |
| 出身地 | 静岡県浜松市 |
| 学歴 | 私立誠心高等学校中退 → 東京都立青山高等学校 編入・卒業 |
| デビュー作 | 1983年映画「沙耶のいる透視図」(19歳) |
| 代表作 | 相棒(テレビ朝日)女将役ほか多数 |
| 子供 | なし |
高樹沙耶さんは高校時代から芸能界を目指し、17歳のときに静岡県浜松市から東京へ上京。モデルとして活動を開始し、1983年、19歳のときに映画「沙耶のいる透視図」で映画デビューを果たしました。健康的でスポーティなイメージが持ち味で、バブル期には「トレンディードラマ女優」として絶大な人気を誇っていましたよね。
特にテレビ朝日の人気ドラマ「相棒」では、スタート時(第1シリーズ)から第10シリーズまでレギュラー出演し、温泉旅館の女将・花の里のおかみとして視聴者に親しまれていました。その後、石垣島へ移住する際に降板するまで、長きにわたって出演し続けていたんです。芸能界のキャリアは実に30年以上に及ぶもので、貯めたお金のほとんどを石垣島の民宿建設につぎ込んだとも語っています。
2008年頃には、芸名の高樹沙耶を返上して本名の「益戸育江」で活動を開始。「ナチュラリスト」を名乗り、環境問題や自然農法、エコな生活を発信するようになりました。この変化の背景には、付き合うパートナーによって生き方や価値観が大きく変わってきたという、高樹さん特有のライフスタイルがあります。
中西圭三との結婚と離婚、子供はいなかったのか
高樹沙耶さんに子供はいません。
これが結論です。
気になりますよね、「子供はいるの?」って。でも現時点での情報を総合すると、高樹沙耶さんには子供がいないことが確認されています。特に正式な結婚歴の中でも、シンガーソングライターの中西圭三さんとの間に子供はいなかったようです。
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高樹沙耶さんの公式な結婚歴は1998年のこと。当時、人気絶頂だった高樹沙耶さんは、「愛しさと切なさと心強さと」「Woman」などのヒット曲で知られるシンガーソングライターの中西圭三さんと結婚を発表しました。中西圭三さんは1998年当時34歳で、高樹沙耶さんより5歳年下のパートナーでした。
交際発覚時に高樹沙耶さんは「年下なんですが、なぜか安心できるんです」と嬉しそうに語っていたといいます。そんな二人でしたが、2000年にわずか2年で離婚。高樹沙耶さんが36歳のときのことです。
なぜ離婚したのか?
離婚の理由については公式に詳しく語られていませんが、マスコミ対策として、メディアが一時休止するゴールデンウィークのタイミングで離婚を発表したことが知られています。二人とも芸能人だったために報道を避けたかったのでしょう。
離婚後の高樹沙耶さんは「1人ぼっちで生きるのは寂しい。いつか誰かとチャンスがあれば……」と漏らしており、結婚・家庭への思いを持ち続けていたことがうかがえます。
また注目すべきは、1997年の雑誌インタビューでの発言です。「小さいときから温かい家庭に憧れていて……。両親が失敗してるので、私は失敗したくないんです」と語っていた高樹さん。ご両親の離婚など家庭環境に影響を受け、自分こそは幸せな家庭を築きたいという強い思いがあったことがわかります。中西圭三さんとの短い結婚生活が終わった後も、その思いは消えることなく、長い人生の中で繰り返し「誰かと共に生きたい」という願望を持ち続けていたのでしょう。
子供については、当時36歳での離婚ということもあり、その後の生活ではなかなか子供をもうけるタイミングが来なかったようです。そして後述するように、2020年頃に再婚を報告した際には「もう子供はできない齢ですので」と自らはっきりと述べており、子供がいない人生を選んだ(あるいは選ばざるを得なかった)ことが明らかになっています。
ハワイ移住とダイビング日本記録、次のパートナーとの生活
結論から言うと、中西圭三さんとの離婚後、高樹沙耶さんはハワイへ移住し、全く新しいライフスタイルを手に入れました。
2000年の離婚直後、高樹沙耶さんはハワイに自分の居場所を見つけ始めます。2002年10月のインタビューでは「離婚する3、4年前から、東京って最低って思っていました。物質で右往左往して自然を壊しすぎて」と語り、「ハワイで民宿の女将がしたいんです」と永住も検討していると告白していました。このときすでに、のちの石垣島での民宿経営という夢の原型が生まれていたんです〜〜!
ハワイではフリーダイビングに本格的にのめり込み、2002年には水深45mというフリーダイビング日本記録を達成。同年のワールドカップでは銀メダルを獲得するという快挙を成し遂げました。これはもう本当に凄い〜〜!!
また、ハワイでは水中カメラマン兼フリーダイバーのコーチとして活動していた菅原真樹氏と知り合い、同棲生活を開始。「海のことを学び始めてから私はまだ2、3年の新米だから、10年やっている彼がヘルプしてくれるのは、ありがたいなと思っています」と語り、「彼と一緒にいると、イライラしなくて、笑いが多い」とも明かしていました。再婚秒読みとも言われた関係でしたが、2004年の夏に2人は婚約を解消。4年3ヶ月にわたるハワイ生活にもピリオドを打ちました。
高樹沙耶さんについては、付き合う男性によって生き方や価値観が大きく変わるという特徴が芸能プロ関係者の間でも語られており、ハワイ時代もフリーダイビング・自然・海への傾倒が男性との交際によって加速したとも見られています。菅原氏との破局後、帰国した高樹さんは「1人ぼっちで生きるのは寂しい」と呟きながら、次の人生の章を開いていきます。
千葉・南房総への移住とエコ生活、自然農法家との同棲
ハワイ生活を終えた高樹沙耶さんが次に向かったのは、千葉県南房総市でした。結論から言うと、2007年頃に千葉県南房総市に家を建てて移住し、エコな生活を追求する新たなステージへ進んだのです。
移住後は、エコハウスやカフェをオープン。「恋人は、この地球で生まれたことを楽しんでいるような、自由で新しい価値観を持った人たちがいいと思っています」と語り、自然農法家の男性と同棲していることも報じられました。ハワイ時代の「ダイビングコーチの彼と付き合っていたときはダイビングや自然について熱く語り、今は大〇合法化を叫んでいる」という表現が示す通り、高樹沙耶さんはパートナーの影響を非常に受けやすいタイプと見られています(笑)。
2008年には、芸名の高樹沙耶から本名の益戸育江に戻して活動を再開し、「ナチュラリスト」を名乗るようになりました。千葉時代の生活は自然に近く、エコロジーを意識したもので、この生き方の延長線上に後の石垣島移住があります。
また、この頃にアボリジニの文化との出会いが高樹さんの価値観を大きく変えたという情報もあります。テレビ番組の取材でオーストラリアの先住民族アボリジニと交流し、体に泥を塗る儀式を体験。「先住民的な考えに戻るべき」という思想を持つようになり、そのころからエコカー(当時はまだ珍しかった)にすぐ乗り換えたことが芸能界でも話題になったといいます。
東日本大震災が発生した2011年には、南房総市の家を売却。いよいよ沖縄県石垣島への移住を決意することになります。
石垣島移住と民宿「虹の豆」オープン、大〇活動へ
2011年、高樹沙耶さんは千葉の自宅を引き払い、沖縄県石垣島へ移住しました。テレビ朝日の人気ドラマ「相棒」の女将役を降板し、30年間芸能界で築き上げた生活・地位のすべてを捨てての決断でした。
石垣島への移住後にオープンしたのが、民宿「虹の豆」です。石垣空港から車で20分、鬱蒼とした森が続く「裏石垣」と呼ばれる山あいに位置する施設で、1500坪もの広大な敷地に集落のように広場を囲んで建つ5棟の南国風コテージが並ぶ圧巻のロケーションです〜〜!! テーマは「エコロジーとメルヘン」で、建材はバリからコンテナで輸入したこだわりの素材を使用。沢水を利用した施設には水道も下水道も通っておらず、宿泊客には湧き水を沸かして飲料にしてもらっているという徹底ぶり。
「30年間、芸能界で働いて貯めたお金の大半をここにつぎ込みました」と高樹さんは語っており、それだけの情熱と資金を注いだ民宿です。ヨーロッパ人のゲストが最も多く、民泊予約サイト「Airbnb(エアビーアンドビー)」から探して訪れる外国人観光客に人気だったようです。
しかし、石垣島での生活では新たな転機が訪れます。大〇草検証委員会のリーダーだった森山繁成氏と出会ったのです。2012年7月、高樹さんはブログで大〇草検証委員会の幹事となったことを公開。所属していた事務所を辞め、女優を辞めてまで医療用大〇の合法化活動にのめり込んでいきました。この選択が、後の逮捕という最悪の結末を招くことになります。
2016年の大〇所持逮捕と裁判の顛末
2016年10月25日、高樹沙耶さんは大〇取締法違反(所持)の疑いで現行犯逮捕されました。
これが高樹沙耶さんの人生における最大の転機となります。
逮捕前の同年7月には参議院選挙に「新党改革」から「医療用大〇解禁」を公約に掲げて出馬しましたが落選。それから約3ヶ月後の逮捕だったため、世間からは「やはり」という反応が多かったといいます。
逮捕時の状況を振り返ると、石垣島の自宅から乾燥大〇55gと吸引用のパイプなどが発見されました。高樹さんとともに、同居していた会社役員の森山繁成被告(58歳)と無職の小見祐貴被告(26歳)の3名が逮捕される形となりました。
高樹さんは取り調べで「私のものではありません」と容疑を否認。一方、森山被告は「すべて私のもの」と認めました。裁判では3ヶ月の勾留、その後3ヶ月にわたる裁判期間を経て、高樹さんは最終的に有罪となっています。
逮捕後の生活について高樹さんは後にこう振り返っています。「朝、突然、大勢の捜査官が押し寄せてきて……。壮絶な経験でしたね。もちろん、法を犯したのは紛れもない事実で、申し訳なく思っています。とはいえ、週刊誌からは、男遍歴まで掘り起こされ、取っ替え引っ替え最後は捨てるひどい女とまで、猛バッシングされて……」と語り、心に深い傷を負ったことを明かしています。
また、森山被告との関係については「あの男性とは、それっきりですよ。彼が”大〇は使用しても、所持していなければ逮捕されない。万一、警察が来ても、自分が所持していないと言えば絶対に大丈夫”と言うから、安心して家に置くことを許可した」と説明。「結局、私も逮捕・起訴され有罪に。彼に人生を狂わされたという思いもあって、こちらから縁を断ちました」と言い切っています。
高樹沙耶の現在と子供への思い、波乱の人生を徹底解剖
- 逮捕後の苦難と心を支えたパートナーとの出会い
- 再婚と「子供ができない齢」という率直な告白
- ラッパーデビューとTikTokバズ、話題の「Legalize it」
- 大〇合法化活動への思いと家族への憧れ
逮捕後の苦難と心を支えたパートナーとの出会い
逮捕・裁判・有罪という最悪の経験を経た後、高樹沙耶さんが石垣島に戻ったとき、周囲の目は明らかに変わっていたといいます。結論から言うと、逮捕後の高樹さんは精神的に追い詰められ、「死にたい」とすら思うほどの苦境に立たされました。
「これまで親切にしてくれていた人たちも離れていき、”島から出ていけ”くらいの方もいました」と高樹さんは語っています。環境適応障害に陥り、生まれて初めて精神科に通い、薬を処方してもらったとも明かしています。「普通に過ごしていても、心臓がドキドキして自分で制御できない」という状態が続いたといい、その苦しさは計り知れないものがあります。
そんなどん底の状況で、高樹さんを救ったのが一人の男性でした。「幸い、ズタズタになった自分を親身に励まし支えてくれる人が近くにいたから、今までやってこられました。彼がいなければ、今の私はいなかったと思います」と語っており、その男性は森山被告とは全くの別人だとのことです。
藤井風の「帰ろう」が心境を変えたきっかけに
心の変化についても印象的なエピソードがあります。高樹さんは逮捕後もSNSで大〇合法化を声高に叫び続けていましたが、あるとき藤井風さんの「帰ろう」という楽曲を聴いて、自分の姿に気づいたと語っています。「あの歌を聴いていたとき、もう抗うのはやめようと思ったんです。どこかムキになっていた自分に気づきました。そうね、私が先に忘れようって……」という言葉が石垣島のコテージのベンチで紡がれました。
また、「バカだの、死ねだのババアとか、”吸いたいだけだろう”とか、相当なことを言われ続けてきましたからね。実は最近は、わざと炎上させるような過激なツイートを意識して書き込んでいました。すぐにスポーツ紙が面白がってネットで記事にするじゃないですか。”あ、また話題になった”って喜んでいたんですが、一方でアンチは盛り上がって」と正直に告白しているのも印象的ですよね。
再婚と「子供ができない齢」という率直な告白
2020年11月、高樹沙耶さんはなんと石垣島での再婚を報告しました。
しかも、すでに2年前(2018年頃)に結婚していたという事後報告の形で明らかになったのです。
お相手は、高樹さんとともに石垣島の民宿「虹の豆」を切り盛りしている男性。詳細なプロフィールは公表されていませんが、逮捕後の苦境の中で高樹さんを支え続けてくれた人物だということがわかります。
プロポーズの言葉がまた素敵でして、「最後まで、婆さんになっても面倒見るよ」というものだったと伝えられています〜〜!! なんとも温かみのある言葉ですよね。
そして子供に関して注目すべき発言がこちらです。再婚を明かした際に高樹さんは、「もう子供はできない齢ですので、このまま二人で仲良く老いていきたいです」と語りました。このコメントが、高樹沙耶さんに子供がいないこと、そして今後も子供をもうける予定がないことを明確に示しています。
かつて「小さいときから温かい家庭に憧れていた」「両親が失敗しているので、私は失敗したくない」と語っていた高樹沙耶さんが、子供のいない人生を選び、最終的に「二人で仲良く老いていきたい」という言葉に落ち着いたのは、長い人生を経た末の結論なのでしょう。
子供を持てなかった・持たなかった理由としては、中西圭三さんとの離婚時にすでに36歳だったこと、その後のハワイや南房総での生活でもパートナーと安定した関係を築けなかったこと、石垣島移住後は大〇活動に注力していたこと、そして逮捕・裁判という経験を経て、再婚した頃にはすでに50代になっていたことなどが重なっています。
ラッパーデビューとTikTokバズ、話題の「Legalize it」
高樹沙耶さんといえば最近、驚きの新展開がありました。2023年6月、医療大〇活動家のラッパー・MASATAKAさんとコラボレーションした楽曲「Legalize it」をリリースし、ラッパーとしてデビューしたのです!!!!
この曲は、高樹さん自身の半生や大〇に対する思いを歌詞に込めたもの。MVを切り取った動画がHIPHOPの楽曲を紹介するTikTokアカウントに投稿されると、なんと400万回以上再生される大バズりを記録!!
20万件以上の「いいね」が集まり、MVをモノマネする動画まで投稿する人が現れるほどの話題ぶりでした。コメント欄には「癖になる」「声が好きすぎる」「この人が昔有名な女優さんだとは知らなかった」といった声が1000件以上寄せられており、高樹さんを大〇問題ではなく純粋に音楽アーティストとして評価するファンが若い世代を中心に増えているようです。
かつてトレンディードラマで活躍し、フリーダイビングで日本記録を樹立し、大〇活動家として逮捕され、民宿を経営し、そしてラッパーとしてTikTokで大バズりする——これだけの波乱の軌跡を持つ方もなかなかいないですよね笑。
2023年9月にはレゲエDeejayのCHEHON(チェホン)こと米田洪二氏が大〇取締法違反で逮捕されるという事件があり、この際にも高樹さんはXで大〇合法化への持論を展開。「禁止されることで不当な価格や製品が出回る。正しい情報が啓蒙されないから間違った使い方をしてしまう」とコメントし、話題となりました。
大〇合法化活動への思いと家族への憧れ
高樹沙耶さんは今も、大〇合法化への思いを持ち続けています。ただ、かつてのように激しく主張するスタンスからは少し変化し、よりプライベートに近い形での活動になってきているようです。
父親の認知症と医療用大〇への信念
高樹さんが医療用大〇の合法化を訴える理由の一つとして、父親が認知症になってしまったことを挙げています。「私の父親は認知症になっちゃったけど、そんな風に年老いて苦しんでいる人たちに、大〇で元気になって欲しい」「腰が曲がっちゃって、リウマチや神経痛に苦しんでいるおじいちゃんおばあちゃんに、大〇を使わせて楽をさせてあげたいって。自分のためなんかじゃない。社会のためだと思って声をあげてきたんです」という言葉は、単なるエゴではなく、実際に身近な家族の苦しみを見てきた経験から来ているのがわかります。
また、高樹さんが繰り返し主張するのは、「日本では古来から大〇を、繊維、食、建材として有効利用してきた」「今も神社の注連縄に使われるなど、私たちの祖先が大事にしてきた植物だった」「戦後制定された大〇取締法は、GHQに占領されていた時代にアメリカに押し付けられた法律にすぎない」という歴史的・文化的観点からの主張です。
一方で、逮捕後について「逮捕以来、大〇を吸ったことは一度もありません」と明言しており、「さすがに、当局に監視されていることくらいわかっています」と一笑に付しています。
家族への憧れとこれからの人生
子供について改めて振り返ると、高樹さんの言葉の端々に「家族」「温かい家庭」への深い憧れが滲んでいます。子供を持つことは叶わなかったものの、今は石垣島で再婚したパートナーと二人三脚で民宿を経営しながら、自分たちのペースで生活を送っています。「もう子供はできない齢ですので、このまま二人で仲良く老いていきたいです」という言葉には、過去の波乱を乗り越えた末の静かな幸せが感じられますよね。
ちなみに「ストロングゼロのほうがよっぽど麻薬なんです」という高樹さんの持論も話題になりましたよね。日本ではアルコールが合法で大〇が違法という”あべこべ”な状況に今も疑問を持ち続けている彼女。その信念は変わっていませんが、表現の仕方は少しずつ変化してきているようです。
高樹沙耶の子供と現在についてまとめ
- 高樹沙耶さん(本名:益戸育江)は1963年8月21日生まれ、静岡県浜松市出身の元女優
- 子供はおらず、これまでの情報を総合すると高樹さんに子供はいない
- 1998年にシンガーソングライターの中西圭三さんと結婚、2000年に離婚(在婚2年・離婚時36歳)
- 中西圭三さんとの間に子供はなく、離婚はGWのタイミングで公表された
- 高樹沙耶さんは幼いころから「温かい家庭に憧れていた」「両親が失敗しているので私は失敗したくない」と語っていた
- 離婚後はハワイに移住し、フリーダイビングで2002年に日本記録・銀メダルを獲得
- 水中カメラマンの菅原真樹氏と同棲したが2004年に婚約解消、ハワイ生活にもピリオド
- 帰国後は千葉県南房総市に移住し、エコハウス・カフェをオープン、自然農法家の男性とも同棲
- 2011年に石垣島へ移住し、「エコロジーとメルヘン」をテーマにした民宿「虹の豆」をオープン
- 森山繁成氏の影響で大〇草検証委員会の幹事となり、大〇合法化活動にのめり込んだ
- 2016年10月25日に大〇所持(乾燥大〇55g等)で逮捕、3ヶ月の勾留・裁判を経て有罪に
- 逮捕後は環境適応障害を発症し精神科通院、「死にたい」と思うほどの苦境に立たされた
- 2018年頃、民宿を一緒に切り盛りしている男性と再婚(2020年11月に公表)
- 再婚の際「もう子供はできない齢ですので、このまま二人で仲良く老いていきたい」と語った
- 2023年6月にラッパー・MASATAKAとコラボした「Legalize it」がTikTokで400万回以上再生のバズを記録

